心にきく、無意識さんとの旅

心理学の基礎を学び始めて思うこと

「心よ、私を助けてくれますか?」
「はい。もちろん。」

 

*

今、人生で初めて
心理学と言うものに「学問」として取り組んでいる。

それまでは、
「知識が多い、偉い資格を持ってるカウンセラーの方が、
人を癒せるわけじゃないでしょ?」

「自分が地獄を見たり、苦しんだことのないカウンセラーなんかに
私の気持ちなど分かってたまるか!」

と、思って避けていたことでした。

今は、「なんて浅はかだったのか・・」と
そんな風に考えていた自分を恥じている。

 

先日、スクーリングに通っている先輩に会った時に
進路相談の他に、
聴いてみたいと思っていたことがあった。

 

それは、
「専門知識って学んでよかったですか?」
と言う(今思えば)非常に失礼な質問。

私よりも遥かに人生で苦労をし、
学びの深さも、知識の量も多く、
臨床心理士なんて資格など取らなくても
十分ひとりで開業してやっていけるのでは?
と思ったから。
そんな彼女がなぜ、今、大学へ行くのか?
そこがどうしても知りたかった。

 

彼女は言った。

 

「私もね、miuさんが言うように
知識が人を癒すのではないと思う。
最終的にはカウンセラーとの相性もある。

私、実はクライアントになった経験があるの。
で、その時に、無資格のカウンセラーさんに
お世話になったことがあったんだけど、
”大変なこと”になったのね。

結局ね、
そんな私を救ってくれたのは、
臨床心理士の資格を持った
カウンセラーさんだったの。

大学に通っていて、正直勉強とか大変。
でも、遠回りなようで、一番の近道をしたんだなあ・・・
って今は思ってる。

 

今は、誰でも名乗ればカウンセラーになれるよね?
現場は、社会でのカウンセラーの必要性も知ってるから
気軽に相談できる場が増えること・・
それを悪いこととは思ってない。
ただ、誰でもなれるからこそ、
”基礎”を学ばない人が
増えてることを嘆いてはいるかな。」

彼女の言葉は
ずっしりと沁みた。

 

考えてみると、
私たちは外科手術をする際に、
必ず医師免許を持った医師に切ってもらいたいと思う。
と言うより、それは当たり前で、
無免許だけど、器用で評判がいい・・とか
医師じゃないけど
手術がクリエイティブな手法で未来にワクワクする・・
なんて理由では医師を選ばない。

 

それなのに、
自分の「心」に関しては、
あっけなく第三者に切らせてしまう。

そして切り刻まれてしまったことにも
気づかない。

心の傷は、見えないから。

 

私も・・そうだった。
昨年の夏からの不調を救ってくれたのは、
有資格のカウンセラーさんだった。

両者には、どんな違いがあるんだろう?

 

知りたい。

 

そう思って、猛勉強が始まった。

 

心理学・・・と言う「学問」は
これまで触れてきたスピリチャルな世界と違って
神秘的でもなければワクワクもしない。

つまらない・・・のだ。

 

ああ、やっぱりな・・・
と言うがっかり感も当然あった。

 

 

でもそれが、最近ぐんぐん変わって来ている。

 

少しずつ、土台?のようなものが作られているんだろうか?

 

そこに、ふわふわと
空中を漂っていた
これまで学んで来た知識のブロックが
まるでテトリスのように
上から降ってきて
その土台の上に、ゆっくり、ゆっくりとだけれど
落ちて、一列そろった時に、
ゲームように消えないけれど、
その上の新しい土台になってくれているのだ。

 

そして更にそこに新しい知識や、
それまで見知っていた情報が乗っかってくる・・・

 

「あ、あれって、そう言うことだったの?!」

と言う理解の歓びが追い風となって
もっともっと進めるような躍動感を感じる。

 

自分が、少しずつ好きになる・・
と言うより
そんな浅いことではなくて
これまで生きてきた自分の体験すべてを信じられる・・・

そんな気持ちが溢れ出してきているのだ。

 

もしかしたら・・これって
ずっとずっと、自分が求めていた状態かも知れない。
何百万もつかって
手に入れたいと思ってきた状態かも知れない。

 

そう思っていると、またどこからともなく
新しい知識や、それを教えてくれる人と
勝手にご縁が繋がってゆく・・・

 

何これ?

こんなに人生って生きやすかったの?

 

ただ驚く。

そして、驚いている間もなく、
今日も学びに没頭してゆく。

 

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